差別用語というデマ「言葉狩り」に騙されるな!2/3


差別用語というデマ「言葉狩り」に騙されるな!1/3の続き


◆差別的に用いられてきた歴史のある言葉は、使うのを避けるべきだ。

一つの言葉には一種類のイメージしか付かないというのは間違いです。それに、その“歴史”とやらは本当に正しいものですか?

そのような言葉は、同じように差別的な方法で使うのを避けるべきであることは、もちろんのことです。しかし差別的にもそうでなくも用いられてきた言葉を、ただ単に差別的・侮蔑的な用法が過去にあったというだけで抹殺するのはどうでしょう。

例えば、「支那」にはかつて日本人が侮蔑的に呼んできた歴史があるから、「支那」には既に侮蔑的な意味合いが染みついている。従って、「支那」という言葉は差別用語だから使うべきではない、などと主張する人がいます。しかし本当にそうでしょうか。実際には、昔も今も、エキゾチックな魅力にあふれる夢の国という積極的イメージもまた付いているのではないでしょうか(昭和初期の日中間に緊張があった時期でさえそうでした)。「中華そば」よりも「支那そば」の方が、昔懐かしい伝統的な味という良いイメージを感じるという人は少なくありません。

これはたとえるなら、共産主義者は「赤」と言われて侮蔑されてきた歴史があるから、「赤」には既に侮蔑的な意味合いが染みついている。従って、「赤」という言葉は差別用語だから使うべきではない。「紅色」という代わりの言葉もちゃんとあるのだから、それを使うべきだ、などと言っているようなものです。

しかし実際には、「赤」という言葉には、赤い夕焼けや情熱の赤のように、積極的イメージもまた同時に付いているのです。「あいつは赤の手先だ」などと言われるのは嫌なものですが、「あいつの情熱の炎は真っ赤っかに燃えている」というのは、ほめ言葉になるもので、要するに使い方次第なのです。

一つの言葉には一種類のイメージしか付かないというのは間違いです。前項に引用した永六輔先生の言葉にもあったように、その言葉の使われる状況や前後の文脈によって、同じ言葉にも、使われ方によっていろいろ異なったイメージが付きます。そのことを考慮に入れながら、その時々に応じてふさわしい言葉の使い方をするよう心がけたいものです。


◆差別用語を使わないようにしようというのは、すでに現代の風潮だ。もう少しそれを受け入れる必要があるのでは?

動機がちょっと違うのでは?

では、差別用語を使うようにするのが現代の風潮になったら、それを受け入れるのですか。差別をなくすべきなのは、そもそもそれが人間としての道徳常識だからだと私は思うのですが。現代の風潮だから差別をなくせうんぬんというのは、本当に被差別者の気持ちを思い遣っているのではなくて、ただカメレオンみたいに周囲の色に自分を合わせているだけだと思いますが。

本当の意味での差別用語をなくすのは私自身も賛成だし、この“現代の風潮”に乗りましょう。しかし、差別的でない語や表現に対する過剰な自主規制という事実をうまく利用して、それが“差別用語”であるという意見を既成事実化し“現代の風潮”などと呼んで押しつける態度には反対です。


◆ドイツを見倣え。

ドイツの反応は異常であり、ナチスの末裔的態度に見倣うことはありません。

西欧諸国、特にドイツは、ナチス時代の鉤十字だけでなく、東洋の仏教に由来する卍でさえ、ナチスを連想させるとして厳しく排斥する傾向があります。このような姿勢こそ社会的少数者に対する配慮であり、日本人の模範とすべきところだと主張する人もいますが、果たしてそうでしょうか。

はっきり言います。こういうのは社会的少数者に対する配慮などとは言いません。過剰反応、「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」と言うのです。私はナチスやファシズムを激しく憎んでいますが、反ファシズムの名による言論ファシズム、つまり、差別主義でなくとも、どんなに正論でも、反対意見を言わせない、反対意見を言った者をネオナチや歴史修正主義者扱いして弾圧する、結果としてこのような問題に関する議論をタブー化するという態度はいかがなものでしょう。

そもそも、反ナチズムの立場の人々の誰もが清廉潔白とは限りません。一例として、一方でヒトラーによる自分たちユダヤ人迫害を糾弾しながら、他方で自分たちはパレスチナ人を迫害するというイスラエル国の態度、これを矛盾と言わず何と言いましょう。あの忌まわしきユダヤ人迫害の歴史を、自分たちの行動を正当化するための道具や、悪事の隠れ蓑として使っている不届き者も、残念ながら一部にいます。反ナチズムならどの意見も正しいと盲目的に信じるのは危険であり、冷静に判断することが必要です。


◆とにかく「差別用語」を使わなければ、全て円く収まるんだ。お前はつまらぬ事でいちいち理屈をこね過ぎだ。

お人好し過ぎです。それに、つまらぬ事でいちいち理屈をこね始めたのは、あなた方のほうではありませんか。

大体、日常普通に使われてきた言葉に対し、「○○という言葉は差別用語だ」などと、いちいち理屈をこねて言い出す人が出てきたからこそ、まるで我々が差別主義者であるかのように濡れ衣を着せたからこそ、「それは違う」と反論せざるを得なくなったのではありませんか。

そもそも、身に覚えのないクレームをいちいち真に受けるなんて、そういうのをお人好しというのです。ヤクザから、身に覚えのない何万円もの“インターネット情報使用料”を請求された時、「払ってしまえば円く収まる」といって料金を振り込んでしまいますか。それは一時的解決どころか、かえって逆効果です。ヤクザに“こいつはいいカモだ”と思われ、ずっとタカリのターゲットにされてしまいます。

この「差別用語」問題も、しばしばタカリとか一方的なイデオロギー教育の手段として悪用されています。つまり、「あなたは○○という差別用語を使った」というクレームに対し、「面倒臭いからとにかく謝ろう」と、その主張の裏を取らず安易にペコペコ謝罪してしまうと、差別主義のはびこっている組織という弱みを握られて、人権運動に「何らかの貢献をする」(つまり、それらの団体に有形無形の便宜供与したり、それらの団体のイデオロギー教育の定期的な勉強会を開く等)よう求められることがあります。もちろん、そのクレームがまっとうなもので、運動も健全であればよいのですが、そんなケースばかりとは限りません。

もっとも、日常生活では、人権団体からクレームを受けることはあまりないかもしれません。しかし、「○○という言葉は差別用語だ」という噂の影には、しばしば何らかの政治思想の布教が見え隠れしているものです。本当の問題発言なのか、それとも特定思想の布教手段なのかを、はっきり識別するためにも、「面倒臭い」などと言わず知恵を付けておかなくてはなりません。


◆差別用語にはちゃんとピー音をかぶせて消してくれ。

それは卑猥語の時の消し方です。

本論からは外れますが、「“差別用語”はピー音をかぶせて消す」と誤解している人が時々います。これは間違いで、実際には無音にされてしまいます。

しかし、音が消されていると余計に気になってしまうものですが、前後の文脈から大体わかってしまうし、なぜいちいちそんな極端なことするのだろうと思う事もしばしば。本当に差別を助長する表現である場合を除いて、できれば止めて欲しいものです。



個々の事例・人種・民族関連

■支那=CHINA

「支那」は「中国」の蔑称であるという誤解が一般に広まっている。しかしそれは正しくない。国語辞典の「大辞林」(三省堂)は以下の説明を付している。

しな【支那】 外国人が中国を呼んだ称。「秦 しん」の転という。中国で仏典を漢訳する際、インドでの呼称を音訳したもの。日本では江戸中期以後、第二次世界大戦末まで称した。

また、明治二十二(1889)年発行の「言海」という国語辞典では「支那」はないが「支那人」という項があり、以下のように「支那」という語の由来を解説している。

シナ-じん (名) |支那人| 〔支那、或ハ、震旦トモ記ス、印度ヨリ稱シタル名ニテ、文物國ノ義ナリと云、舊約全書ニSinoaトアルモ是ナリトゾ、或云、秦(シヌ)ノ威、胡(エビス)ニ震ヒシカバ、其名ヲ印度ニ傳ヘタルナリト〕唐土(モロコシ)ノ人、カラビト。唐人(タウジン)。

つまり、中国語の「秦」が梵語(サンスクリット語、インドの言葉)に入り、その言葉が仏典によって中国に逆輸入された時、中国人自身が「支那」と音をあてたのである。従って、「支那」という言葉は、元々中国人の作り出した、まさに中国語なのであって、日本人はその中国語を借りているに過ぎないのである。なお、「秦」は英語に入るとChinaとなり、現在でも中華人民共和国の正式英語名称はPeople's Republic of Chinaである。

戦前の本を読んでみると、ほとんどの本はChinaのことを「中国」でなく「支那」と書いている。私は、当時の本を研究すればするほど、日本人は「支那」という言葉を侮蔑の意図をもって使い続けてきたのだとする説への疑念が、どんどん深まっていくのを感じる。中国を蔑視するような文脈はむしろ少なく、ほとんどはごく普通に、中華民国や中国大陸の通称として使われていたことが、はっきりと読みとれるのである。

我々が「子ども」でなく「子供」と書くことに“差別的意図がある”なんて全く知らなかったのと同じで、当時の人々は、「中国」を「支那」と書くことが“差別表現”だなんて、全く知らなかった。中国を蔑視したくて「支那」と呼んだというよりも、「支那」という名前の方がより一般的だったので使っていた、ただそれだけのことだった。

それでは何故、「支那」という言葉をかように嫌がる中国人が多いのか。「ガイジン、ガイジン」とからかわれた外人が嫌な思いをするのと同じで、「シナじん、シナじん」とからかわれた中国人も嫌な思いをしたのである。「外人」も「支那人」も元々は差別用語でなかったけれど、からかいの言葉に悪用するなら人を傷つけることになってしまうのである。

また、日本では中国を公式には王朝名で呼ぶのが慣例であり、清朝時代には日本政府も「清」と呼んでいた。「日支戦争」でなく「日清戦争」という名前はそのためである。とはいえ、政府という区切りではなく地域・文化的な区切りでは「清」でなく「支那」が使われた。

漢民族は「支那人」と呼ばれ、漢民族の言語である中国語は「支那語」と呼ばれていて「清語」とは呼ばれなかった。中国の王朝は同じ民族とは限らなかったから(漢民族だけでなく、モンゴル人の元、満州人の清などあった)、王朝が変わるたびに言語名を変えては大変なことである。この場合は「支那」が使われた。

さて、1912年の辛亥革命で中華民国が樹立した時には、日本は中国を「中華民国」とは呼ぼうとしなかった。(日本政府は台湾の中華民国政府と国交を絶って以降、今でも中華民国政府を「中華民国」と呼ぶことは決してなく、ニュースなどでも通称の「台湾」が専ら使われている。

これに少し似ているかもしれない。[しかし台湾という言葉そのものは支那と同じく差別表現ではない])「中国政府」という表現はほとんど見かけず、「支那政府」と呼ぶのが一般的であった。また、中華民国樹立以降〜日中戦争の時期、中国は様々な政権が乱立し内乱状態にあり、中国大陸内の複数政権を区別して呼ぶ必要がある場合は「南京政府」「武漢政府」「重慶政府」(日本の南京占領後の臨時政府は重慶にあった)などと政府所在地で呼ぶこともあった。しかし、政府に依存しない、中国大陸そのものの地理的な呼び名は「支那」であった。

ところで、国の名前を通称や略称ばかりで呼ぶことそのものは、必ずしも差別を意味するわけではない。イングランド・スコットランド・北アイルランドを含む「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」は専ら「イギリス」「イングランド」「英国」と呼ばれてイングランドで代表されている。「ネーデルランド」は日本語で専ら「オランダ」と呼ばれ、「スオミ」は「フィンランド」と呼ばれている。戦前の多くの日本人にとって、中華民国を「支那」と通称で呼ぶのは、それに近いことであった。

話を元に戻そう。この「中華」にはどんな意味があるだろうか。広辞苑(第五版)では以下の通り、

ちゅうか【中華】 クワ
中国で、漢民族が、周囲の文化的におくれた各民族(東夷トウイ・西戎セイジユウ・南蛮ナンバン・北狄ホクテキと呼ぶ)に対して、自らを世界の中央に位置する文化国家であるという意識をもって呼んだ自称。中夏。

また「言海」では

ちゆう-くわ (名) |中華| (一)四方ノ夷狄ニ對シテ、中央ノ開ケタル國。中夏。中國。(二)支那人ノ自國ヲ自稱スル語。

とある。(注目していただきたいのが、「言海」は、明治二十二(1889)年発行で日清戦争(1894-95)や中華民国樹立(1912)よりも以前だが、「中華」や「中国」というのは、中華民国樹立よりも以前から、中国人が自分の国を呼ぶ呼び名だったことがわかる。)

北狄
北方の遊牧民

西戎
西方の諸民族

中華
漢民族

東夷
満洲、朝鮮、日本、台湾など

南蛮
東南アジア

中国国王に貢ぎ物を贈り、中国の弟分のような存在だった時代の日本でさえ、一般には「中華」とか「中国」と呼ぶことは少なく、王朝名ないしは「唐土(もろこし)」「支那」と呼んでいた。日清戦争に勝利し、そのような立場から脱却しようとしていた日本に対し、自分を世界の中心で優れていて、日本を含めた周辺諸国が野蛮だという印象のある「中華」という言葉で自国を呼ぶよう日本に求めた時、日本はどう感じただろうか。そう、「中華」「中国」は「支那」とは比べ物にならないほど差別的な語源を持つ言葉なのである。

とは言っても、「中華民国」は当時の中国を支配していた政府の正式名称だったことに間違いはない。もともと「支那」という言葉そのものは差別用語ではなかったが、日本政府が正式名称を使わずに専ら通称のみで呼び続けたことが、結局中国政府の心証を悪くしてしまい、また「支那」に差別的な印象を抱かせてしまったらしい。これは残念なことである。

しかし逆に、「中華」「中国」という言葉については、今ではその差別的イメージはすっかり消え去ってしまい、今では中国大陸あるいは中国共産党政府を指す言葉として日本語にしっかり根を下ろしている。言葉のイメージというものは時代によって変わってしまうものである。

一方で「支那」という言葉が使われることは、戦後次第に減っていったが、天気予報で出てくる「東シナ海」とか、「インドシナ半島」、またラーメンの「シナチク」は現在も生き残っており、どれも「支那」のことである。中国人は「支那」という宛字を嫌っているという言い伝え(本当かどうかはわからない)のせいか、最近では「シナ」とカタカナで書き換えられることも多い。もっとも、「支那」と書こうが「シナ」と書こうが、単なる表記の違いに過ぎないというのが私の意見だ。昔「アジア」を「亞細亞」と書いたり「パリ」を「巴里」と書いていたのと同じことである。

最後に、日本は戦前に比べれば中国人差別は格段に減ったけれども、しかし「自分がアジア人である」と思っている日本人も減ってしまったのではなかろうか。戦後の日本は「大東亜共栄圏」よりも「脱亜入欧」だったとは……


■詞藻

中国(広く用いられる)・中華民国(1912年樹立、第二次世界大戦後共産党軍との内乱に破れ、台湾に逃れて臨時政府を置き、現在に至る。台湾は実際には中国大陸の中華人民共和国と分裂した、中華民国という国だが、大陸側は中華民国政府を認めていない)・中華人民共和国(1949年樹立、漢民族[かつて支那人とも呼ばれた]をはじめ満洲・蒙古・チベット等の多民族を抱える共産主義国家)・中共(中華人民共和国または中国共産主義[Communist China]の略とされる。

日本を日帝[日本帝国主義]と呼ぶのに似て、共産党政府に対する否定的なイメージもある言葉かもしれない。中華人民共和国樹立以後、日中国交回復までの間、台湾の国民党政府と異なる、大陸の共産党政府を表すのにこの語が用いられた。中国共産党の略としても用いられる)・中華(中華料理・中華そば・中華鍋など料理用語に多い)・支那、シナ(支那そば・東シナ海・インドシナ・シナチクなど。

シノワズリ[中国趣味]は仏語に由来、仏語で中国はChine。チノパンのチノも中国。英語でChino-あるいはSino-を語頭に持つ語は中国に関係あり、支那学は英語でSinologyと呼ばれ、日清戦争や日中戦争はSino-Japanese Warと呼ばれる)・チャイナ(チャイナタウン・チャイナドレスなど英語からの借用語に多い)・漢(漢字、漢語など)・契丹[キタイ・カセイ](キャセイパシフィック航空など)・唐土[もろこし](「諸越(中国の越の国)」の訓読が語源)・唐(唐辛子・唐茄子など。必ずしも厳密に中国を意味せず単に外来品の意味で使われることも)



■三国人 使い始めたのは日本人それとも在日朝鮮人?

石原慎太郎 東京都知事の発言で有名になってしまった言葉であるが、日本人が使い始めたという説と、在日朝鮮人が先であるという二つの説を聞く。前者の説はマスコミがさかんに解説しているので省略する。後者についてだが、米軍占領下の日本で在日朝鮮人はこれまでの日本国籍を捨て、自ら戦勝国でも敗戦国でもない「第三国」の民なる「第三国人」と称した、という説である。

しかし、いずれの説が正しいにしろ、「三国人」への評価に汚名を着せてしまったのは、他ならぬ一部の不良「三国人」であったのではなかろうか。これまで日本にされてきたことの仕返しだから何やったって構わないとばかりに、暴力沙汰を起こしたり、強奪した軍事物資や配給物資を、不法占拠した土地で開いた闇市で高値で売って暴利を貪ったりしたという。

このような態度は、多くの日本人に、「三国人は怖い」「犯罪者」という印象を植え付けてしまい、差別をよけいに煽ってしまっただろうことは、想像に難くない。彼らの非道ぶりには、警察でさえお手上げの状態で、こういった不良外国人の騒擾(そうじょう)事件を鎮圧することができなかったと言われている。

彼らの力をそいだのが、恥ずかしいことに、(ショバを荒らされた)テキ屋、やくざ、右翼との「抗争」であったという(とはいえ、土地の不法占拠はどっちもどっちであったらしい)。警察がやくざや右翼に頭が上がらないのは、この事件のためだとも言われている。

しかし、朝鮮人や台湾人がみんなこのような不良「三国人」だったのだろうか、否、あの苦しい時代、また日本人からの差別も厳しい時代において、まじめに働いていた人々、日本人と仲良くやっていこうとしていた人も、一方ではたくさんいた。

そう、すべての外国人がこのような凶悪犯罪を犯しているわけではなく、全体から見ればわずかである。「三国人」という言葉とは関係なくとも、「外国人を見たら犯罪者と思え」という風潮があるとしたら残念なことである。

いずれにしろ、このような背景を考えて、使い方には気を付けるべき言葉である。


■参考資料

承前。「三国人」という言葉の歴史的事実と時代の背景を検証しておきたい。この言葉は、使われはじめたころのニュアンスとしては、軽蔑(べつ)や嘲(ちよう)笑でなく、畏怖や敬遠に近い。むしろ恐怖の対象であった。

▼「三国人」は敗戦後の一時期、日本に居住していた朝鮮半島や台湾出身者をさす俗称で、約九十万人の朝鮮人と約四万人の中国人をいう。二十年十一月三日、占領軍総司令部はこの人たちを「解放国民」と指定した。それは「治外法権」と同義語だった。

▼解放国民は肩で風を切る勢いで街を行く特権階級だったのである。東京焼け跡ヤミ市を記録する会編『東京闇市興亡史』(草風社、昭和五十五年)によると「彼らは民族的団結心を結集しつつ、都有地や公有地を占拠し“解放区”を形成した」

▼どぶろく、カストリ、ばくだんなどの密造酒を造り、進駐軍物資の闇市を設けたが警察も全く歯が立たず、ヤクザやテキヤを結集して対抗させた。「警視庁年表」をひらこう。二十一年一月、朝鮮人二十人が富坂署を襲撃し、留置中の朝鮮人を奪還した。同年七月、台湾人百五十人が渋谷署を襲い、巡査部長が殉職した。

▼同じ年の十二月には朝鮮人二千人の首相官邸乱入事件というのも記録されている。だからといって、外国人だけが悪かったのではないのはもちろんである。社会全体が混乱と騒擾(そうじよう)のただなかにあった。それは敗戦日本の責任なのだった。

▼重ねて書くが「三国人」という言葉は現代では“死語”であって、使うべきではない。しかしそれが生まれた時代の背景には、そんな昭和史の一ページがあったことは忘れたくない。関東大震災などを引き合いに出すのは筋が違うのである。

「産經抄」、産經新聞4月15日付朝刊。



■「チョン」を含む言葉 語源の違うものもあり

「チョン」と呼ばれて怒る朝鮮人よ、根拠もない被害者意識で差別用語ではない

転載▼

良識ある日本国民の皆様には、すでに「日朝協議」の結論はご存知の事と考えます。誘拐犯と、何度も何度も話し合って、しかも譲歩までして、何の結果が得られるのでしょうか。今回の日朝会議について、日本と、北朝鮮では、その評価は明らかに違います。

まずは以下の記事をご覧下さい。


高村外相「前進」 日朝協議合意

拉致被害者の再調査方法が日朝実務者協議で合意したことを受けて、高村正彦外相は13日午前、外務省で記者団に対し、「合意しないよりは合意した方がよい。こちらの意向だけでなく北朝鮮の意向も飲んだ。『行動対行動』にはまだ移っていないが、移りかけている。前進だろう」と、合意を評価した。そのうえで「政府が認定した拉致被害者以外にも広げ、幅広く調査の対象とする」と述べ、12人の拉致被害者に加えて特定失踪(しっそう)者らも調査対象にする方針を示した。
(8月13日 産経新聞)


日本の制裁解除、重ねて要望=不履行なら「必要な措置」−北朝鮮代表

【瀋陽(中国遼寧省)13日時事】中国・瀋陽で開かれた日朝実務者協議で北朝鮮代表を務めた宋日昊日朝国交正常化担当大使は13日、今回の実務者協議での合意に従い、拉致問題の再調査着手に合わせ日本側が制裁を一部解除するよう重ねて求めた。宋氏は「今回の合意を約束通り(履行)しないなら、われわれも仕方なく必要な措置を取ることになる」と述べ、日本をけん制した。
(8月13日 時事通信)

さて、私の拙いブログをご覧頂いている方より、「朝鮮人をチョンと呼ぶ事は、差別用語だから使わないのか」とのコメントを頂き、また、「意見を聞きたい」とのコメントも頂戴致しました。私は本ブログにて、韓国や、北朝鮮の問題を書き記した内容から、このようなご質問となったのでしょう。

最初にお断りをしておきますが、私は一民族主義者であり、学者ではありませんので、的確なご回答となるかは分かりません。本ブログにても以前にご説明をしましたが、私は「中高生の皆さん」にも理解し易いように、「シナ」ではなく「中共」との言葉を使っており、同じく、「南朝鮮は韓国」とし、「北朝鮮」はそのまま「北朝鮮」と呼んでおります。

まず、差別用語として、私の頭の中ですぐに浮かんだのは、本ブログ(反日国家問題)にて「北朝鮮テロ支援国指定解除に、アメリカからも批判の声が」を書き記した際に、石原都知事が生放送のテレビ番組で以下の発言をした事でした。

石原都知事が「シナ」と発言をした際に、「石原さん、差別用語は使わないで下さい。」と言われた所、「シナはシナだろう。何が差別なんだ。」と言い返しておりました。

さて、朝鮮人を「ちょん」と呼ぶ事が差別用語かとのご質問にお答えすべく、私なりにいろいろと調べてみました。

まずは「ちょん」についてであります。

「ちょん」

1.芝居の終わりに打つ拍子木の音から物事の終わること。「その問題はこれで―だ」

2 免職になること。くび。

3 しるしにつける点。ちょぼ。「文中に―を打つ」

4 俗に、頭の悪いこと。また、おろかなこと。


以上を見る限りでは、「ちょん」は「朝鮮人」を指す言葉ではないとの事であります。

次に「差別用語」についてであります。

「差別用語」(さべつようご)

特定の属性(例:少数民族、被差別階級、性別、同性愛者、職業)を持つ人々に対する差別を目的として使用されている俗語(蔑称を含む)を指す用語。明確な基準があるわけではなく、何をもって「差別用語」とするかは個々の主観や時代、地域に大きく左右される。

以上を見る限りでは、朝鮮人には母国もあり、多業種にも従事しており、約8千万人が世界中に暮らす民族ですから「特定の属性」とはいえないと考えます。また、「明確な基準」があるわけではない事や、「個々の主観」や「時代」・「地域」に大きく左右される事も考えると、現在の日本では「在日朝鮮人が優遇されている」との事実もあります。

つまりは、朝鮮人を「ちょん」と呼ぶ事は、「朝鮮人への差別用語ではない」と考えます。

江戸時代の文献にも「ちょん」は見られる言葉であり、「ばかだの、ちょんだの、野呂間だのと」という表現として出ており、「ばか」・「のろま」と並列して書かれていることから考えても、この「ちょん」は元々、「馬鹿」というだけの意味であったと考えます。

また、日本の韓国併合のずっと以前、明治3〜9年に書かれた「西洋道中膝栗毛」に書かれている「ちょん」とは、「ちょっとしたもの、転じて、程度の軽いもの、まともでは無いもの、頭の悪い物や人物を指す。」とあり、明治初期との時代を考えれば、これも、朝鮮人への差別用語ではないと考えます。

私は、上記にて記した内容を考慮すれば、つまりは、「ちょん」とは朝鮮人への「差別用語ではない」との決論になりました。

では、なぜ、朝鮮人を「ちょん」と呼ぶのでしょうか。

これには、三つの要因があると考えます。

第1には、韓国・朝鮮人の姓である、「全」・「鄭」などの漢字の「朝鮮語読み」を「日本語で音写」した場合、「ちょん」と、このように表示されるからでしょう。

第2には、朝鮮では未婚の男性が結っていた髷(まげ)の「チョンガー(総角)」から由来するという説であります。

第3には、「東京大学」を「東大」と呼ぶのと同じく、「朝鮮学校」を「ちょん校」と呼ぶ事は、言葉の短縮形や、省略方法が一般的であるとされており、一例を申せば、「バカチョンカメラ」という言葉がありますが、これは「バカでもチョンと押せば写せるカメラ」の略であり、朝鮮人を差別した言葉ではありません。

そもそも、語源には様々な説があり、どの説も根拠が薄いのかもしれません。私の結論としては、「ちょん」とは「朝鮮人を差別した言葉」ではありません。むしろ、「朝鮮人が日本に差別をされている」との、何の根拠もない「被害者意識」そのものの現われだと考えます。

さて、私的な事を書くと、また支援者の方よりお叱りのお言葉を頂戴するとは思いますが、私は韓国の問題を書く時に、ある女性の事を思い出します。今より30年も昔、私がまだ高校1年生の頃の思い出であります。

当時の私は、すでに行動右翼団体に所属をして愛国運動をしており、下校後に、高校の学生服を脱ぐと、胸に日の丸と、所属団体名が刺繍をされた、紺色の隊服を着ておりました。私は、新宿生まれですので、毎晩のように隊服姿で、「歌舞伎町」におりました。

ある日、そんな私に友人が、容姿がとても美しく、知的な会話も出来て、セーラー服がよく似合う、素敵な女性を紹介してくれました。私とその女性は、お互いに好意を持ち、私は、それまで身近にいた女性たちとの交際をやめ、私とその女性は、幾たびもデートを重ね、いつしか心が通じ合い、男女として結ばれました。

しかし、この恋は、お互いの意思とは別にして、終わりとなりました。私の素性を知った、その女性の父親が猛反対をしたからであります。その女性の父親は、軍人の孫など、しかも右翼など、交際は絶対に認めないと、激怒しておりました。その女性は、日本生まれ、日本育ち、しかし、在日韓国人でした。

人生に「たら」・「れば」を言っても仕方はありません。しかし、「その女性が日本人だったら」・「その女性が日本人であれば」、私とその女性の人生は、大きく変わっていたのでしょう。

今は、ただ、懐かしい思い出であります。

さて、私の、高校生の愚息が面白い話しを聞かせてくれました。先輩の友達に韓国人がいたんだけど、その韓国人を、先輩たちが「ちょん」と呼んだら、いきなり切れて殴ってきたよ。何でだろう、お父上。

これも、朝鮮人が日本人により差別をされているとの、根拠のない被害者意識の表れでしょう。冒頭にても述べた通り、私は学者ではありませんので、反論もあると考えます。

以下略 転載終わり

関連ページ

思うんだけど、チョンって別に差別用語じゃないな


■「チョン」は全て悪い言葉なのか?

まず、「チョン公」や「チョン」という言葉だが、これは朝鮮人をあざける言葉として使う事はなるべく避けるべきだろう。ブサヨや左翼、在日朝鮮人の揚げ足取りの材料にされます。もしかしたら「アメ公」や「露助」や英語の"Jap"のように、当初は朝鮮人に対する渾名(あだな)的に始まった呼び方かもしれない。しかし、大抵は侮蔑を意図して使う事が多いように思えるのでよく注意すべきだろう。

しかし、その他の「チョン」ないし「チョン」を含む言葉のうち、誤って「差別用語」とされてしまっている言葉も多いものです。たとえば点を打つ事を表す「ちょん」や「ちょん切る」の「ちょん」といった擬声語、それに韓国人の姓の「全」「鄭」なども「チョン」と読むが、どれも差別的な言葉などではない。他にも似たような事例があるので紹介していく。


■馬鹿でもちょんでも 朝鮮人説は根拠薄し

さて、「馬鹿でもちょんでも」あるいは短縮して「バカチョン」という表現だが、この「ちょん」は朝鮮人を指すのだという人もいれば、そうでないと言う人もいる。

「ちょん」という言葉は朝鮮人とは関係ない、「馬鹿」という意味で古くから使われていたことは、どうやら事実のようである。また、「馬鹿でもちょんでも」の用例としてよく引き合いに出されるのが、日本の韓国併合のずっと以前、明治3〜9年(1870〜76)に出た「西洋道中膝栗毛」[*1]であるが、「ばかだの、ちょんだの、野呂間だのと」という表現で出ており、「ばか」「のろま」と並列して書かれていることから考えても、この「ちょん」は元々、「馬鹿」というだけの意味であった可能性が高い。

しかし後の時代になって、朝鮮人をあざける「チョン公」や「チョン」と、「バカでもチョンでも」の「チョン」が混同されるようになったのではないだろうか。そもそも、朝鮮人の蔑称として「チョン公」とか「チョン」と呼ぶようになったのは、まだまだ歴史が浅いのでは、という疑問があるが、まだ調査不十分ゆえ仮説の域を出ない。更なる証拠を求めて現在調査中である。

「バカチョンカメラ」という言葉について言うなら、「馬鹿でもちょんでも」使えるカメラという語源が定説かと思われる。一説によると、英語で同じ意味のvacation camera(いつでもどこでも気軽に行楽に使えるカメラという意味)を和訳する時、単に「バケーションカメラ」と音訳するのではなく、「馬鹿でもちょんでも」と引っ掛けて「バカチョンカメラ」としたという。語源には様々な説があり、「バカでもチョンと押せば写せるカメラ」の略であるという説もあるが、この説は根拠が薄いかもしれない。

これは俗語なので、昔から辞書には載ってないし活字で見る事はあまりない言葉であって、私は小学時代知らなかったのを思い出す。1986,7年頃だと思うが、私が父から借りたカメラ(昔懐かしのOLYMPUS PEN)を母がバカチョンカメラと呼んでいるのを聞いて、バカチョンカメラって何?と聞いたのが、その語に初めて接した時だった。

馬鹿でもちょんでも、つまり誰にでも簡単に使えるカメラの意味だということだったが、その「ちょん」は朝鮮人の意味だとは言っていなかった。しかし、当時から母は人種差別には断固反対だったから、もし本当に朝鮮人の意味が含まれていることを知っていたのなら、決して使ってなかったはずだろうと思う。

それ以降気を付けてみると、「バカチョンカメラ」という言葉はよく使われる言葉で、ただ私が知らなかっただけだと気付かされた。しかしこの言葉、言葉狩りされる以前に使っていた人のほとんどは、「チョン」の意味などほとんど気にせず使っていたのは確かだと思う。他の人に語源を聞いても、「バカ+チョン+カメラ」というより、「馬鹿でもちょんでも」という慣用句に、プラス「カメラ」という意識だった。

バカチョンカメラのチョンは朝鮮人の蔑称から来ているという話を聞いたのは、その数年後のことで、この怪しげな説をみんな鵜呑みにしたせいか、以来この言葉はあまり聞かなくなってしまったように思う。

[*1]「東海道中膝栗毛」と間違えないように(私も以前間違えて書いたことがあります)。東海道中膝栗毛のパロディで弥次さん北さんと同名の孫がロンドンの万国博覧会に行くという内容の本らしいです。


■チョンガー 朝鮮語で「未婚男性」

チョンガーは朝鮮語で「總角」と書き未婚男性を指す言葉である。対になる言葉は「處女(処女)」であり、「總角處女(チョンガクチョーニョ)」で未婚の男女という意味。漢字からもわかるように朝鮮人の侮蔑語「チョン」とは無関係である。

ただし、ネガティブなイメージもある言葉らしいので、使う時は注意が必要かもしれない。以下に広辞苑第五版の「チョンガー」の解説を引用する。

チョンガー【総角】
(朝鮮語ch'onggakの転)

(1)朝鮮の丁年過ぎの独身男子の蔑称ベツシヨウ。もと髪型の名称で、丁年未満の男子は、結髪せず冠を着けず、髪を後ろに編みさげる風習があった。

(2)俗に、独身の男。


■チョンボ 中国語のなまり

麻雀用語の「チョンボ」だが、漢字では錯和あるいは沖和と書く。チョンボは後者の「沖和」がなまったものという。

錯は「錯誤」の「錯」で「間違い」、沖は「むなしい」という意味である。



■くろんぼ 愛称にもなれば蔑称にもなる

私の子供時代には、「ちびくろサンボ」という絵本をよく読んだものである。お父さんのジャンボとお母さんのマンボに子供のサンボ、そして虎たちを交えたコミカルで楽しい話だったのを覚えている。この話を含め、「くろんぼ」という語は、かつてごく一般的に使われていたように思う。

確かに、我々は現在と違い黒人についてそれほどたくさん知っていたわけではない。顔に白や赤や緑のカラフルな化粧をし、腰に腰みのを付け、ヤリを持ちドラムに合わせて輪になって踊る狩猟民族。平和な民族もいれば、たまに人喰い人種もいて、白人探検家のみならず平和な黒人民族すら食い物にする。当時の私は、黒人に関しちょうどこんな印象を持っていた。

もっとも、小学時代よく見ていたクイズ番組「なるほど!ザ・ワールド」をはじめとしたテレビ番組や本などによって、黒人と一口に言ってもああいったステレオタイプで一くくりにできるものでなく、今の黒人のほとんどは「近代文明の恩恵を受けた」生活をしていることがわかったし、黒人奴隷の歴史とかキング牧師の公民権運動などを知るにつれ、白人たちの黒人差別の歴史を知るようになってきた。

私は「くろんぼ」という言葉がまだタブーでなかった時代を見てきたので、はっきり言えるが、「くろんぼ」は差別用語ではない。むしろ、特に子供向けの絵本などがそうだったが、親しみを込めて呼ばれたケースがむしろ多かったように思う。

(もちろん、昔ある政治家が言ってたような「くろんぼはみんな低脳でバカだ」みたいな発言までいいと言っているわけでないし、これは偏見ゆえの問題発言だろう。「くろんぼ」という言葉を使ったことそのものが悪いわけでなく、「くろんぼ」を「黒人」に置き換えたところで問題発言であるのに変わりない。)

また、日本人でさえ「くろんぼ」と呼ばれる季節がある。夏休みが終わり、他の子よりよけい日焼けしている子供は「くろんぼコンテスト」で優勝して鼻高々になるものである。しかし、そんな子の中にも、冬の間は「くろんぼ」とか「少年ケニヤ」とか呼ばれるのを嫌がったりする子もいるもので、不思議なものである。

要は、自分の肌が黒いことに誇りを持っているか、それとも恥ずかしく思っているかの違いなのである。黒い肌を誇っている子は「くろんぼ」と言われるとニンマリする。恥ずかしがる子は「くろんぼとか少年ケニヤとか言われていじめられた〜」と泣き出すのである。

そういう子が身近にいた時、「かわいそうだからその子に『くろんぼ』とか『少年ケニヤ』なんて言っちゃいけません」と言うだけでは、一時的な解決策に過ぎない。むしろ、色の黒いことで人をからかってはいけないことを教えていきながら、「色が黒くても恥ずかしくない」と自信の持てる社会を作っていくことこそ、より永続的な解決策である。その時、「くろんぼ」は恥ずかしい言葉でも“差別用語”でもなくなる。

さて、「ちびくろサンボ」という絵本がある親子三人グループの圧力により絶版になっていることは、皆さんもご存じかと思う。果たしてこの「ちびくろサンボ」は差別的な絵本なのだろうか。

否、全くそうでないばかりか、むしろこの絵本は色黒の人々に愛着を持ってもらうのに優れた本ではないか。私はそう思う。

まず題名についての問題だが、「ちび」は差別用語でなく愛称として使われているし、「くろ」も然り。「サンボ」は差別的だ、いやそうではないと侃々諤々らしいが、少なくとも英語版初版の出た当時、“差別用語”でなかったらしい。

母と父の名「マンボ」「ジャンボ」合わせて「ちんぷんかんぷん」という意味なのが侮蔑的という批判があるが、果たしてそうだろうか。「ヤン坊」「マー坊」合わせて「ヤンマー」とか「ヤンボウ・ニンボウ・トンボウ」といった類の、語呂合わせで名前を付けるという例は、絵本の世界ではごく一般的である。なお、ディズニーの漫画映画「ダンボ」で、ダンボの母親はジャンボという名前であるが、これはどうなのだろうか。

内容も、きちんと上着とズボンと靴と傘、という、西洋文明の恩恵を受けている、いわゆる「文明的生活をしている」人々の話である。くろんぼだから腰みのだけとか、葉っぱの傘に裸足、などとは限らないことを、私は幼くしてこの話で知った。

さて、サンボは襲ってくる虎を、頭を使って追い払ってしまう。それだけでなく、身の代として取られてしまった服を、四頭がもめている間に取り返してしまう。サンボは何て頭がいいんだろうと、この物語を読んだ子供たちは思うに違いない。“くろんぼはみんな頭が悪い”なんて考えは、絶対間違っているのである。

さて、サンボはこの手柄によって、タイガー・ギー(虎バター)なる珍味を使ったホットケーキを家族でたらふく食べることになる。サンボは、家族の役に立つ、りっぱな男の子と言えるだろう。

この部分についても、「地面に落ちている食べ物を拾って食べる不潔な人種という偏見を植え付けている」などと主張する人がいるらしいが、それは勘違いである。地面にある食材を拾い集めて料理の材料に使うことと、地面に落ちている食べ物を拾ってそのまま食べることとを混同しているトリックに騙されないように。この考えでいくと、私は岩海苔が大好きなのだが、岩にへばり付いている食べ物を拾ったものだからバッチイのだろうか。

さて、ここで作者は、バターのことをインドで「ギー」と呼ぶと注釈を加えている。このことや、虎が出るということ、そして作者がインドで生活していたことから考えるならば、サンボはアフリカ人ではなくインド人をモチーフにした可能性が高い(参考までに、インド人は肌の色は濃いが、多くは人種的にコーカソイド(白人)に分類されるらしい)。ついでに言うならば、「サンボ」という言葉はインドの言葉に由来するという説もあるようだ。

なお、マンボ・ジャンボ・サンボが27・55・169枚もホットケーキを食べたのは、黒人は食いじが張っているという偏見なのではという批判もあるが、これは考えすぎだろう。絵本はあくまでもフィクションの世界である。「サンボの一家は黒人だからあんなに食いじが張ってるんだ」なんてうがった見方をするのは、ひねくれた大人だけである。「わあ、いいな、自分もサンボみたいにあんなにたくさん、食べきれないほどホットケーキを食べたいな!」と子供は素直に感じるものだ。

このように、「ちびくろサンボ」は、黒人差別であるどころか、むしろ色黒の人々をたたえる絵本として私は高く評価したい。百年前の作品に多くを要求するのは無理かもしれないが、それでも、その帝国主義また人種差別のまだはびこる時代に、これほどりっぱな作品を残せたのはすばらしいではないか。私はそう思う。

もう一度言うが、「ちびくろサンボ」は差別図書ではない。特定の単語の自己解釈でキーキー言う代わりに、文脈をよく読めば、この本が決して差別を目的に書かれていないだけでなく、色黒の子供を親しみを込めて描いた本であることがわかるはずである。

それを裏付ける数々の証拠にもかかわらず、なおも「ちびくろサンボ」と黒人差別をこじつけるのは、はっきり言おう、「ノストラダムスの大予言」とか「聖書の暗号」とかと同じような、トンデモの類である。そりゃあ、どんな本だって、文脈を無視して自己流解釈するのは簡単だし、そうやって自分好みのどんな結論だって導けるものだ。

全く、こんなトンデモを信奉するのは、「ちびくろサンボ」をうがった目でしか見られない、ひねくれた心の大人か、そのような意見を鵜呑みにしてしまったかのどちらかである。

「ちびくろサンボ」を絶版に追い込むことは、絵本の世界から罪なき色黒のヒーローを追放することに他ならないのである。ただでさえ、そんな絵本は少ないというのに。



■土人

●「差別語含む」との指摘で岩波文庫が出荷停止

アフリカで医療伝道に従事した故アルベルト・シュバイツァー氏の著書「水と原生林のはざまで」をめぐり、出版元の岩波書店(東京都千代田区)が、同書中にある「土人」の表現が人種差別的だとする市民団体の指摘を受け、出荷を停止していたことが11日、わかった。岩波書店側は「認識不足で弁解の余地はない」としており、今後、原文と翻訳文の照合などの見直しを進めたうえで、新版として再出版する方針。

同書は、1913年にシュバイツァー氏がアフリカに渡り、妻とともに現地住民の病気治療に従事した記録。同書店からは「岩波文庫」の一冊として、故野村実氏の訳で57年に第1刷を発行し、これまでに38刷を数えるロングセラーになっている。文中に「土人」の表現が頻出しており、大阪府堺市の市民団体「黒人差別をなくす会」(有田喜美子会長)が「差別的な表現だ」と指摘。同書店が今月4日に出荷停止を決めた。

同書店の鈴木稔・常務取締役(編集担当)は「言葉を単純に置き換えて済む問題ではない。本の価値を生かすため、原文の全面見直しなど、よりよい手だてを考えたい」と話している。

(asahi.com 2000/12/12より)

最近、シュバイツァー著、岩波書店発行「水と原生林のはざまで」が、「黒人差別をなくす会」により絶版に追い込まれた。

しかし、果たして「土人」とは本当に差別用語なのだろうか。確かに「広辞苑」第四版には

ど‐じん【土人】
(1)その土地に生れ住む人。土着の人。土民。
(2)未開の土着人。軽侮の意を含んで使われた。
(3)土でつくった人形。土人形。泥人形。

とある。確かに、「土人」という言葉が差別的に使われたこともあるかといえば、確かにそうとも言える。「土人」という言葉は、往々にして、近代文明の恩恵を受けていない、未開部族であり、我々から見れば文明的に遅れているとか、危険な野蛮人という印象の元に使われることも確かに多かったし、からかいの言葉として使われたこともあった。

そういえば、私の小学時代、色黒の女の子が「土人」といわれてからかわれていたものだった。それに、学生時代、ある寂れたラーメン屋の店主が「最近フィリピン人をよく見るけど、あいつら、まるっきり土人じゃないか」と言っていたのも、なぜか記憶に残っている。

少なくとも、当時は「土人」=「未開人で我々文明人より劣った生活をしている民族」とか「野蛮人」というステレオタイプがあったので、当時、特に前者は確実にからかいの言葉となり得た。

しかしながら、私の記憶では、小学時代だか中学時代だか、クラスにこんな女子がいたのを思い出す。自らを「ケニヤ」と呼んで、自分で作ったケニヤダンスを披露して友達と一緒に楽しんでいた。そう、色黒の「土人みたいな」肌をしていても、それを自ら誇りへと転化していたのである。いや、「土人みたい」というのをネガティブにとらえてしまう事こそ、我々の間違いなのかもしれない。

「土人」とは「土の人」と書き、元々は土着民つまりその土地の原住民を表わす言葉に過ぎない。侮蔑的用法ばかりが全てではなく、場合によっては単に、今で言う「原住民」「先住民族」としての意味でしか使われていないケースも、昔の本でよく見かけるのは確かだ。しかし一方で、欧米的人種観の影響だろうか、土人をどこか劣ったものとか野蛮人として扱ってきたり、からかいや罵倒の言葉に使ってきた人もいた。

しかし、「土人」という言葉をなくすだけで、差別がなくなるとか、そういう問題だろうか。「土人」という言葉そのものには罪はなく、問題は使い方である。

「土人」だというのは決して遅れた民族とか野蛮人ということではない、多くは平和を愛する民族で、その土地に自然と共に生きる民であるという正しい認識が今では広まりつつある。土人に関する間違った偏見が除かれた時、土人であることが恥ずかしくないという時代が来た時、「土人」という言葉は、もはや恥ずかしい言葉でも差別用語でも何でもなくなるだろう。



■朝鮮 「朝鮮」派と「韓国」派に分かれているのが問題

NHKには、英会話、フランス語講座、ドイツ語講座等、様々な外国語講座の番組がある。しかしそれら外国語講座の中でも一つだけ、奇妙な名称の番組がある。「アンニョンハシムニカ?ハングル講座」である。

「アンニョンハシムニカ」とは、皆さんご存じの通り、朝鮮語(韓国語)のあいさつの言葉である。では、「ハングル講座」とは? ハングルとは、朝鮮文字とも呼ぶように、朝鮮語を書き表すための文字のことである。「ハングル講座」と言うくらいだから、三十分間ずっとハングルの書き方や綴り方を教える番組なのかというと、そうではなかった。ハングルの書き方でなく、朝鮮語の会話ばかり教えている番組なのである。

英語講座を「アルファベット講座」、ロシア語講座を「キリル講座」、中国語講座を「漢字講座」とか「簡体字講座」、日本語講座を「ひらがな講座」とか「カタカナ講座」と呼ぶことがあるだろうか。まあ、「おはよう!ひらがな」という名前の日本語講座ならあってもおかしくないから「アンニョンハシムニカ・ハングル」という名前ならおかしくない。でも「ハングル講座」はないだろう。

私は朝鮮語には非常に興味があるから、たまたまチャンネルを変えた時にこの番組が流れていたら見てしまうけど、番組の中で「〜という日本語はハングルでは何と言うでしょうか?」という言葉が出てくるたびに、どうも気になって仕方がない。いつからハングルは音声言語になったのだろう。

さて、NHKは知っててこんな間違い表現を使っているのだろうか?

テキストにはこんな興味深い一文があった。


※「ハングル」は正確には文字のことですが、この講座では便宜上、言葉のことも指します。(「NHKテレビ アンニョンハシムニカ?ハングル講座」2002年4月号5ページ、日本放送出版協会発行。)

「ハングル」とは、韓国・朝鮮で使われている「文字」の名前です。この講座では、故あって、韓国・朝鮮で使われている「言葉」のことも「ハングル」と呼んでいます。まぎらわしくて申し訳ありません。(「NHKテレビ アンニョンハシムニカ?ハングル講座」2002年4月号14ページ、日本放送出版協会発行。)

なるほど、NHKも、朝鮮語の意味で「ハングル」と呼ぶのは、厳密には間違いであることをちゃんと認めているのだ。しかし、果たして「便宜上」「故あって」とはどんな理由があるというのだろう。

差別用語というデマ「言葉狩り」に騙されるな!3/3へ続く



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